ネタバレ『20世紀少年 完全版』検証:「ともだち」の正体に近づくために不可避な認識(その2)

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初出:2026.02.15

このページは「ネタバレ『20世紀少年 完全版』検証:「ともだち」の正体に近づくために不可避な認識」を前提にしている場合が多々在ります。

このコンテンツはネタバレです

以下のコンテンツはネタバレです。特にもし假に内容が正しかったとしたら、ものすごいネタバレになります。また假に内容が間違っている場合でも、少しはネタバレになると思います。ネタバレされたくないかたは、ぜひ読まないでください。このページが検索エンジンで表示されて、それがネタバレにならないように、少なくともタイトルにはネタバレを含まないようにしました。

関係するウェブページ・ブログ等や書籍を中途半端に私は読んでしまいました。その読んで覚えている内容とは重ならないような内容を以下書きます。忘れていたり読んでなかった著作物と一致していたり、或いはそれと正反対の事を書いてしまうかもしれませんが、そのことはもし判明したら可能なら対処するかもしれません。要するに「意図的な盗作」はしないように以下努めます。

このコンテンツは『完全版 20世紀少年』のほうを参照しています

この件に関連して、私が書いている「ネタバレ含『20世紀少年 完全版』検証:教科書体とその周辺(その01)」の最初の3つの節に重要事項が書かれています。3つの節とは「はじめに」「完全版には「教科書体のセリフ」が登場する」「基本的な道具の整備」のことを指します。これに先に軽く目を通してからのほうが良いと思います。なおリンク先のそのページはまだ更新中のものであり、未完成です。

必要に応じて「参考資料:『20世紀少年』全話リスト」を参照してください。

今回はチョーさんの捜査について簡単な検討を行ないます。本当は理科室関係の話題も併せて取り扱う予定だったのですが、チョーさん関係だけでだいぶ分量が多くなったので、理科室関係はまた次の機会に回します。

無条件にチョーさんを信じるべきか

ネット上で自説を述べている人の多くが、捜査の神「チョーさん」(五十嵐長介)の推理を信用しすぎていると私は思いました。私の印象では、「ともだち」はチョーさんのような人物が捜査することを当然想定しており、多少の防御策は採っています。なので、チョーさんの捜査過程を検討し直すことは必要です。とは言え、もしチョーさんが速攻で殺されたりせず、そのまま捜査を続行していれば、より深い真相究明ができたと思います。「ともだち」が山崎を通じてチョーさんを殺害し証拠隠滅をはかったのは、捜査がそれなりに充分核心に迫っていたからです。その事を再確認し、チョーさんの冥福を祈りたいと思います。

以下、完全版を「ケンヂだけが正しく真実を悟った物語」と前提したうえで、「判明している真相」が本当に作品内で矛盾を起こしていないかの検討をします。そのためには、ケンヂたちの出身である「第三小学校」の制度がどうなっているかによって、場合分けする必要が在ります。「小学校5年から6年にあがる時にクラスメートのメンバーチェンジをする学校」であるか、そうでないか、です。私は後者の小学校で過ごしたので、後者のほうがリアリティが在ります。なのでそちらの場合から先に検討します。

チョーさんの誤り

まず「第三小学校」が「小学校5年から6年にあがる時にクラスメートのメンバーチェンジをしない小学校」だった場合を検討します。「ともだち」の正体はカツマタであり、カツマタは「5年4組」でした。「ネタバレ『20世紀少年 完全版』検証:「ともだち」の正体に近づくために不可避な認識」でも書いたように、フクベエの意地の悪さと、山根がフクベエの発言を否定しなかった事実により、「ともだち」=「カツマタ」=「万引冤罪で公開処刑された少年」は「5年4組」は確定です。ということは、この場合は「ともだち」=「カツマタ」=「万引冤罪で公開処刑された少年」は「6年4組」だったということになります。「カツマタ」=「ともだち」なので、フナの解剖の前日に死んだりなど当然していません。「カツマタ」(=「ともだち」)はちゃんと小学校を卒業しています。本筋とは無関係の話ですが、卒業もおそらく第三小学校でしょう。

「ともだち」が「6年4組」だったということから導出されるのは、チョーさんが第三小学校の卒業アルバムで「6年3組」の児童として発見した者は「ともだち」ではなかった、ということです。遺品となって隠蔽されていたチョーさんメモから判断すると、「6年3組」の児童として発見された人物は一人しか候補が居ません。「ハットリ」(=「服部」=「フクベエ」)です。なぜ小学校卒業後すぐの春休みに死んでしまったはずのフクベエが「ともだち」だ、とチョーさんは誤解してしまったのでしょうか。

チョーさんが捜査の際に聞き込みをした相手は、少なくとも二人居ました。「ピエールこころの会」の幹部と、「ともだち」とピエール一文字とが1982年頃に一緒に修行していたという宗教団体の受付の人物と、この二人です。真相と整合するためには、次のように想定するのがいちばん自然です。「ともだち」は修行時代からピエール一文字に対しては自分の名前を「服部」と偽っていました。宗教団体に登録した名前も同じです、その一方で、宗教団体に登録した「住所」は「カツマタ」の住所でした。つまり「ともだち」は名前は「服部」と名乗り、住所は「カツマタ」の住所(つまり正しい旧住所)を届出していた、この想定がもっとも自然な想定です。

「ともだち」が若い頃に名前は服部を名乗りながら服部の住所を届出していなかった理由は、そう難しくありません。服部は死んでいるので、名前を名乗っている以上、そのことが発覚したら困るからです。住所が判るとその調査・捜査が著しく容易になってしまいます。なので、「服部の死亡確認ができる情報は隠蔽する」というのが「ともだち」の計略だったわけです。と言うか、あらためて確認するとそもそも服部(フクベエ)がすでに亡くなっていることを「ともだち」(カツマタ)は知っていたのです。それが前提の話です。

チョーさんはこの住所を訪ねていき、隣接する「ぽかぽか弁当」(の名で良いと思いますが)のおばさんに聞き込みをしています。そのためそこでは「カツマタ」の若い頃の情報がもっぱら語られ、「服部が死んでいる」ことが判明しません。またチョーさんはこの聞き込みのときに、その人物が「服部」という名前であるかどうかの確認をしていません、と言うか漫画には描写されていません。そのためチョーさんはこの時点で誤った推理をしてしまうことになります。

チョーさんメモには「ハットリ以外にもう一人 その先の人物」と記載が在り、その詳細が書かれていたかも知れないページを、山崎は見ていません。なので何が書いてあったのかは読者には不明のまま終わります。チョーさんがどのようにして「その先の人物」に到達したかは不明です。ともかく、その認識に基づいて山崎に後事を託す話をしたわけでは在りません。そんな話をもし山崎が少しでも聞いていれば、山崎もチョーさんと一緒に絶交されていたことでしょう。「その先の人物」という書き方は、服部よりもその人物のほうがラスボスであったことを強く示唆しますが、その一方で、「ともだち」が服部であること自体はチョーさんは生前一度は確信しており、そこは覆りません。話す時間が無かったとは言え山崎には語りそびれたところが実は在り、そこまで調査を進めていたというふうにはあまり思えないのです。そして、チョーさんと行動を共にしていた刑事も、やはり絶交されてしまった可能性を残します。この点は、寺本匡俊さんの記事「二人の刑事」「バンコクに死す」が参考になります。

そればかりか、チョーさんが「絶交」されるより以前ですが、邪教の扇動者がつぎつぎと「絶交される」だろうと「ともだち」は信者に宣言しました。また、小泉響子が2014年になってネットか何かで調査したところ、1990年代後半に宗教家を含む「いわゆる文化人」のような人々が「なんか変な死に方」をしている事件が連発していました。なのでこの時チョーさんが聞き込みをした「ピエールこころの会」の幹部と、昔「ともだち」とピエールとが一緒に修行していた宗教団体の受付の男を含む関係者も、絶交されてしまった可能性が残ります。そこは読者の自由な想像に委ねられている点です。反対に、聞き込みをされた関口先生は、「“ともだち”が服部である」と思い込ませるのにむしろ有利であると判断されたせいかどうか、幸いにも絶交されずに済みました。

「ともだち」の生家つまり「カツマタ」の生家についての情報がこれで少し判りました。すると二つの点が言えます。まず「ネタバレ『20世紀少年 完全版』検証:「ともだち」の正体に近づくために不可避な認識」で触れたような、「ともだち博物館」は「ともだち」つまりカツマタの生家をモデルに作ったという件です。結論から言うと、内装や蔵書はともかくとして、家の外見は「ともだち博物館」がカツマタの生家をモデルに作ったとはとうてい思えない、というふうに感じます。のちに倉庫になってしまったあの場所にあの「博物館」のような外見の家が建っている状態を想像することは大変困難なのです。おそらく、「ともだち博物館」の家の「外見」に関してだけはフクベエ(服部)の生家のコピーのようにして作ったのでしょう、その程度によく似ていると思います。サダキヨはカツマタの家を全く知らない可能性が高いので、一応在りえない話でもありません。そして、カツマタの生家が「オッチョと同じ団地・同じ棟の205号室」という假説もまた棄却されるでしょう。「ぽかぽか弁当」が団地のすぐ隣に建てられていたという想像もしづらいし、その場合「カツマタの住所」は団地の住所になるはずですが、そういった想定でチョーさんが聞き込みをしているようには全く解釈できません。「ぽかぽか弁当」のおばさんに尋ねるならば「部屋番号」などの特定できる情報を伝えないと全く聞き込みできないはずですが、そういった集合住宅であるという尋ね方では全くありません。そして、この聞き込みの場面は「過去の事実」の描写ではなく「チョーさんの回想」の描写という形をセリフの書体面では採っていますが、だからといって別に事実が誤っていると考える必要も無い箇所です。…と、こういった点を考えることができたので、「ともだち」の生家問題はこの点でいくぶんかの進展をしたと思います。

さて2014年末頃、ヨシツネの秘密基地に潜む小泉響子は、ヨシツネとユキジに繰り返し「6年3組」の集合写真を見せられ「“ともだち”の顔探し」をさせられ続けます。その成果ははかばかしいものではありませんでした。しかしその根本原因がここで判明します。「ともだち」=「カツマタ」は6年4組だったので、小泉に見せた集合写真にそもそも写っていなかったのです。そして、普通そうだと思いますが、自分のクラス以外の集合写真などなかなか持っていないものです。ヨシツネとユキジもそうだったのでしょう。なので、どんなに小泉にその成果を求めても出てくるわけがなかったのです。第13話「チョーさん」・第14話「ヤマさん」を読んだ記憶をうっすらと保持した状態で読むと、「“ともだち”が6年3組の集合写真に写っているのは当然だ」と信じ込んでいますので、そこで作者に誤誘導されることにもなります。ちょっとしたトリックです。なお、サダキヨが「“ともだち”の少年時代の顔を知っていた」点については、「ネタバレ『20世紀少年 完全版』検証:「ともだち」の正体に近づくために不可避な認識」ですでに論及しました。

「捜査の神」チョーさん

さて次に、「第三小学校」が「小学校5年から6年にあがる時にクラスメートのメンバーチェンジをする小学校」だった場合を検討します。

この場合、「ともだち」=「カツマタ」=「万引冤罪で公開処刑された少年」は「6年3組」であったとしても全く構いません。この場合、カツマタの所属は「5年4組」→「6年3組」と推移したことになります。ただし、万引冤罪公開処刑事件のことを考慮すると随分と無神経なクラス替えです。それだけでなく、この場合、「カツマタがフナの解剖の前日に死んだ」という都市伝説が広まったことも不自然に感じられます。「カツマタは6年4組だった」という前記の假説のほうがその点以外を考慮してもきれいに説明がつくのです。6年4組には「そんな奴なんて信用できないとオッチョが言っていた“西尾”」が居るからです。ちなみにもう一人オッチョに信用されていない河本は6年時は判りませんが、5年の時は5組でした。ともかくその西尾は、「カツマタ君」の幽霊に関して、「かっぽう着の下に解剖されたフナの死体が在った」話など、面白おかしく脚色したような都市伝説を流布させていたようです。バーチャルアトラクションの中でケロヨンが語っていたことが事実であるとすれば、です。完全版での書体ルールでは、バーチャルの中のセリフの書体は通常の事実描写の書体と同じですが、それは「バーチャルアトラクションの中でそのような発話が発生したという事実」なのであって、「実際に過去に起こった事実」と一致しているかは判らないことは念のため頭の隅に入れて置くほうが良いです。その点の真偽判断をペンディングにさえしておけば、西尾の居たクラスだったからカツマタ君の都市伝説がよけいに在る事無い事だらけの話になってしまった可能性が高いのです。もし「ともだち」=「カツマタ」が6年3組だった場合は、オッチョやユキジが居るクラスなのでそこまで無責任な噂が立つ気があまりしません。まして在学中に死んだなどという話はまず絶対生まれてこないのです。「カツマタ」は「6年3組」であったとしても場合分けの前提には矛盾しませんが、他の点を考えるとリアリティがだいぶ乏しい假説になってしまうのです。

この場合であっても、多くの点は前記の内容とあまり変わりません。すなわち同じようにして「ともだち」は名前は「服部」と名乗り、住所は「カツマタ」の住所(つまり正しい旧住所)を届出していたとして問題在りません。この場合にカツマタが服部を名乗っていたことは、1980年に万丈目の事務所を訪れたカツマタが服部を名乗っていたことから、充分に自然な想定として成立します。なのでカツマタにとって、服部は死んでいるので、名前を名乗っている以上、そのことが発覚したら困るという状況も同じです。

この場合だとリアリティが大いに減じるとは書いたものの、チョーさんの捜査や推理はかなり核心を突いていた可能性を秘めています。まず「ともだち」つまり「カツマタ」の居た6年3組の写真を見つけて「コンビニ店長の同級生だった」と驚異的な発見をしていますが、それが正解だった可能性を充分持っています。その話をチョーさんがした時の山﨑の表情を見ても、それがかなり核心を突いた「危険な」発見であった事情が窺えます。この時に山崎がチョーさんを絶交する覚悟を決めたのではないかと思えるほどです。別の機会に検討するつもりですが、山崎は多くの主要登場人物同様に「ともだち」にまんまと騙されていた者の一人である疑いが強いです。カンナの言い方を借用すれば「本物のともだちもお芝居していた」わけであり、それにまんまと騙されていた一人が山崎だったと思われます。つまり山崎は「ともだち」の正体は服部だと信じ込んでいた節が在り、それは「ともだち」にまんまと騙された結果だと思わるのです。そうならば、チョーさんが「ともだち」=「カツマタ」のつもりで言ったその言葉を「ともだち」=「服部」という結論に達したように聞こえるでしょうし、その時点で「チョーさんを絶交すべし」と決心したことでしょう。山崎がチョーさんメモを見て「ハットリ以外にもう一人 その先の人物」という概念が存在することを知るのは、当然のことながら、山崎がチョーさんを絶交してしまったのよりも後のことになります。

この場合だと、小泉響子がさんざん見せられた集合写真の中に、サダキヨが見せた「少年時代の“ともだち”の顔」もまた存在していたことになります。そこに介在していたのは「顔についての小泉の記憶力が悪い」「関わりたくなかったので小泉があまり注意して写真を見なかった」「集合写真より1年近く前の写真だったためかどうか、印象がだいぶ違っていた」「見せられた集合写真の解像度が低かった」「同じような顔の児童が多く見分けがつかなかった」などの原因が想定可能です。おそらくそのいくつかの原因の複合的な結果だったのでしょう。

カツマタはフクベエをどう思っていたのか

私は『20世紀少年』を読み始め再読を繰り返した初期の頃は、何とはなしにずっと「カツマタはフクベエへの復讐意識に燃えていた」と思い込んでいました。今現在その印象は薄らいできましたが、それでも今回のコンテンツを振り返ると、その印象を完全に消し去ることは難しいです。

今のところ浮かび上がってくるカツマタ像は「保身のためにならフクベエ(服部)に平気で罪を着せる」奴であるというものです。ただし、そういう解釈だけではなく「フクベエに非常に憧れてフクベエになりきろうとした」奴という見え方も強固に残ります。教団設立に向けての準備期間ですでに服部を名乗ったのも、少年時代の服部を思わせるような姿の青年に成長したことも、生家をモデルにしたという触れ込みである「ともだち博物館」を外観だけでもフクベエの家に似せようとしたこと、など思い当たる節はいろいろ在るのです。カツマタのケンヂに対する思いも憎悪や復讐心というだけでは到底説明しきれないアンビバレントなものだったように見受けられますが、フクベエに対する感情もまた単純ならざるものが在ったのではないかという印象を持ちます。こういうあたりは江戸川乱歩の復讐物語を描いた某作品を強く思わせるものでもあります。